昼寝

こんばんは。

くじら社長です。

今日は土曜日でしたが、いつも通り朝の6時に起きました。

ラジオ体操等いつもの日課をして、いつも楽しみな朝食の時間を迎えました。

今日は日本人らしくおにぎりを食べました。

みなさんおにぎりの中身はなにが好きですか??

私は特に何もいれませんでしたが、周りにごまと塩を振りかけました。

お味噌汁も作りましたよ~。

でもお味噌汁は一人暮らしですと少ない量を作るのは難しいですよね。

結局毎回インスタントです。。。

休日の午前中ってまったり過ごすのが一番いいですよね~。

今日の午前中はすべてをテレビの時間に費やしました。

ソファーでゆっくりして、至福の時間でしたね。

そのあとはみなさんお待ちかねのランチタイムです。

今日はおそばをゆでて、つゆにつけて食べました。

それとパックで買ったお寿司も食べました。

少し豪勢な感じで休日って感じでしたね。

そのあとゆっくりしていたら、うとうとしてきまして気づいたら夕方になっていました。

ゆっくり昼寝をしてしまいましたね。

結局お腹はすかなかったのでゼリーだけ食べて今日は夕ご飯を食べずに終わりました。

お風呂もいつもはシャワーだけでしたが、今日は湯船にお湯をためてゆっくりとしました。

いい感じにリフレッシュして、いい休日となりました。

三連休は最高ですね!!

バナナとうどん

こんばんは。

くじら社長です。

今日も朝の6時に起きました。

起きたらいつも通り顔を洗って、歯を磨いて、ラジオ体操をしました。

いつもと同じ朝です。

みなさん日課はありますか??もしあればぜひコメント欄で教えてくださいね!!

今日の朝ご飯はバナナだけです。

黒くなったバナナを食べましたが、とても甘くておいしいですね!!

みなさんあの黒い粒はシュガースポットっていうんですよ??

知ってましたか??

あれがいっぱいあるととても甘くておいしいんですが、攻めすぎてしまうと腐ってしまうんですよね~。

ギリギリを攻める駆け引き。

恋愛と同じですね。

気を取り直して、今日は気分転換にカフェで商品のリサーチをしました。

カフェにいる方はパソコンをしている方も読書をしている方も独特の雰囲気を醸し出していますね~。

まさにできる人オーラといいますか・・・私もそういう人たちの仲間入りをしたいですね。

まあ、たまに出しすぎて笑ってしまう人もいるので、行き過ぎないように気を付けます。

今日はさすがにバナナだけだとおなかがすいてしまうので、セルフのうどんを食べました。

天ぷらも大量にとってしまい、お腹ぱんぱんになってしまいました。

結果、夕ご飯は再びバナナ1本で終わらせる形になりました。

みなさん、今日の私を教訓に、バランスを考えて食事をとるようにしてください。

食事に限らず、すべてはバランスですよ。

ビーフストロガノフ

こんばんは。

くじら社長です。

今日も朝の6時に起きました。

起きたらいつも通り顔を洗って、歯を磨いて、ラジオ体操をしました。

これは毎日の日課です。

終わったらシャワーを浴びて、モコズキッチンを見て、朝食を食べました。

今日はフルーツグラノーラです。

私はフルーツグラノーラやコーンフレークにはヨーグルト派なんですが、みなさんは牛乳ですか??

私の周りにヨーグルト派の人がほとんどないので、少し悲しいです。

もしヨーグルト派の方がいましたら、ぜひコメント欄で教えてください!!

今日の仕事はこれから売る商品のリサーチです。

これがこれからの仕事では一番大事な部分になるので、力を入れていかなければいけません。

結局、お昼ご飯を食べることもせず、夕方までリサーチに没頭しました。

夕ご飯はおしゃれに洋食屋でビーフストロガノフを食べてきました。

今日は一人で行きましたが、いつかはきれいな女性の方と2人で行きたいものですね。

今は仕事を優先しますが、いつかは・・・と思っています。

夕ご飯を食べて家に帰りましたが、お風呂に入るときに昨日買い忘れていたシャンプーとトリートメントの存在を思い出して、買いに行きました。

夕ご飯の時に一緒に買えばよかったです。

みなさん記憶力には頼らずに、メモをするようにしましょう!!!

カレーとプリンのマリアージュ

こんばんは。

くじら社長です。

今日は朝の6時に起きました。

起きたらまず顔を洗って、歯を磨いて、ラジオ体操をしました。

終わったらシャワーを浴びて、モコズキッチンを見て、一日の行動を開始しました。

今日の仕事は物件探しです。

オフィスの物件を決めなければいけませんが、まだ決まっていない状況です。

今日も5件ほど見ましたが、まだ決まりません。

困ったものです。

そのあとはお昼ご飯を食べました、

今日はグリーンカレーです。

デザートにプリンも食べました。

午後からは特に予定がなかったので、買い物に行きました。

特に何も買いませんでしたが、都心に行くだけで刺激になりますね。

これで明日からも頑張れそうです。

夕ご飯はうどんとサラダを食べました。

最近モコズキッチンの影響でドレッシングを手作りすることに熱中しています。

想像以上に簡単なので、みなさんも時間があればぜひレシピを探して作ってみてください。

とてもおいしかったです。

そのあとは歯を磨いて、お風呂に入りました。

シャンプーとトリートメントが少なくなってしまったので、また明日買いに行かなければなりません。

今日買い物に行ったときに買っておけばよかったなと後悔しています。

みなさんも常に消耗品の確認をするようにしてください。

現在のサッカー戦術のトレンド

こんにちは。
くじら社長です。
今回は現代サッカーの戦術トレンドの流れを記事にしました。

皆さんサッカー戦術というとどのようなものを想像しますか?
少し昔であれば、モウリーニョチェルシーの堅守からのロングカウンター・エップグアルディオラによるバルセロナの超ポゼッションサッカーなどが一世を風靡しました。
このような戦術がどのような流れで現代のトレンドへと行き着いているのかを解説します。

【ゾーンディフェンス最盛期】

サッキによりゾーンディフェンスが浸透し、2ラインを敷くことによってスペースを埋めディフェンスをする戦術が長く続きました。
その結果生まれたのが前述したモウリーニョによる自陣に2ラインを敷きプレッシングをし、ボールを奪ってから少ない人数でカウンターを決めるモウリーニョのサッカーです。
この戦術によりポルトをCL優勝へと導き、チェルシーをヨーロッパでの常勝チームへと導きました。

【ゾーンディフェンスを打ち破ったペップグアルディオラによるバルセロナのポゼッションサッカー】

この戦術の流れを変え、新たなトレンドを生んだのがバルセロナです。
そのポゼッションサッカーとはどのようなものだったのでしょうか?

重要ポイントは”2ラインの間でボールを受けること”です。
当時多くのチームがゾーンディフェンスを採用していましたので、2ラインの間でボールを受けることによって両ラインの近くの選手がボールを奪いにプレスをかけてきます。結果プレスのかけてきた選手の後ろに新しくスペースができ、そこでボールを受けることができます。そのようにして何度もボールを回すことで相手のディフェンスラインを崩し、得点を奪いました。この戦術には正確なトラップとパス能力、状況判断能力が求められます。シャビやイニエスタはその象徴となる選手といえます。

【スペイン代表を破ったマンマークディフェンス】

このバルセロナのポゼッションサッカーを打ち破るにはどうすればよいか。
各チームは必死に考え、対策をしてきました。
そして見事に破ったのが、オランダ代表・ブラジル代表が採用したマンマークディフェンスです。

当時スペイン代表はほとんどをバルセロナ所属の選手で固め、同様のポゼッションサッカーを行っていました。
2ラインの隙間に潜り込んでくるイニエスタ・シャビを止めるために、両代表はマンマークを敷いていきました。
マンマークを行うことで根本的な隙間をなくし、DFラインが崩れることをなくしました。また、裏への飛び出しに対しては大目のディフェンダーを最終ラインに残すことで、そのディフェンダーをラインから飛び出させ対応しました。
その結果、スペイン代表は相手のDFラインを崩すことなく破れ、一つの時代が終わりを告げました。

【マンマークを崩壊させるドイツ代表】

そのマンマークディフェンスを敷いたブラジル代表をボコボコにしたのがドイツ代表のサッカーです。
ドイツもスペインのようにポゼッション重視の戦術でしたが、大きく異なる点がありました。
重要なことは”各選手が自分のポジションを無視していろいろなところでボールを受ける”点です。
主にはオフザボールの話になりますが、左サイドの選手が右サイドの組立てにも顔を出し、トップに選手はボールを受けに下がり,代わりに中盤の選手がトップの位置まで上がって受けます。このようにポジションなどあってもないようなボール回しを行うことで、マンマークを意味の無いものとします。マンマークをつけた選手が中盤の底まで下がった時に、追いかけてしまってはDFラインがすかすかになってしまいますからね。
この戦術はペップがバイエルンに就任してから築いたものであり、ドイツ代表にも浸透していきました。
ペップはバルセロナにいたころからマンマークへの対策が一つのテーマとなっていましたが、バイエルンで見事に成功させました。バルセロナもペップが退任してからこのような戦術に移行していきましたが、マンマークが種類であるブンデスリーグに所属するペップバイエルンの方が上手く移行させました。

ちなみに、このバイエルンとバルサを打ち破ったのがゾーンディフェンスからのカウンターを採用したレアルマドリード・アトレティコマドリードとなります。

【現在の状況】
現在のトレンドとしては、上記4つの戦術がじゃんけんのように4すくみになっています。

ゾーンディフェンスによるプレス及びカウンターサッカー
→ゾーンに対応するため、2ラインの間でボールを受け、DFラインを崩すポゼッションサッカー
→そもそもの2ラインの隙間を意味の無いものとさせるマンマークディフェンス
→マンマークを振り切るためのポジションをぐちゃぐちゃにしてボールを回すポゼッションサッカー
→自分のエリアに来た選手にとにかく対応するゾーンディフェンス・・・・

長くゾーンディフェンスが主体だったサッカーですが、ここ8年程で驚くほど戦術の幅が広がっています。
その中心にいるのはバルセロナ・バイエルンで新しいポゼッションサッカーを構築したペップグアルディオラで間違いありません。
今後どのようなトレンドが生まれてくるのか楽しみですね。

09以降のチェルシー

こんにちは
くじら社長です。
今日は09-10以降のアンチェロッティ時代からのチェルシーの戦術を考察していきたいと思います。

【4-3-3を辞め、ダイヤモンド4-4-2へ】

ヒディンクからのバトンを受け、チェルシーの監督に就任したのはACミランで一時代を気づいたアンチェロッティでした。
就任直後、採用したフォーメーションはチェルシーの象徴でもあった4-3-3ではなく、ランパードを頂点に据えたダイヤモンド型の4-4-2でした。ですが、今まで4-3-3を採用していたチームでは、両ウイングの選手が行き場をなくしました。マルダは不慣れなダイヤモンドの左で起用され、サイドの開いたスペースのフォローに追われてしまいます。ランパードのトップ下に配置されたことで持ち味である後ろからのペナルティエリア内への飛び出しが減り、得点機会が激減します。一番の問題はフェリポン・ヒディンク時代から解決できなかった中盤の底の選手でした。ミケルが重用されましたが、ビッククラブのスタメンと呼ぶにふさわしい働きとはいえません。2トップのドログバアネルカが機能していたこともあり、好成績は収めていましたが徐々にパフォーマンスも落ちていきました。

【ドログバ不在によりフォーメーション変更、そして再び4-3-3に】

アフリカネーションズカップによりエースであるドログバが離脱、2トップであるアネルカのパートナーが不在になったこともあり、アンチェロッティは早めに決断を下します。ダイヤモンド型の4-4-2を諦め、ACミラン時代に一世を風靡したクリスマスツリー型の4-3-2-1へ変更しました。1トップでのポゼッションサッカーに手ごたえをつかみ、ついに4-3-3へと戻します。すると、中盤起用でいまいちだったマルダが別人のように輝き、ドログバアネルカマルダの3トップは得点を量産していきました。中盤でもランパーdとプレイエリアの被っていたバラックが王様プレーをやめ、汚れ役をすることで見事にランパードとの共存を果たし、全てがかみ合っていきました。
その後10-11シーズンに無冠に終わり解任となりますが、その間は最高のサッカーを見せてくれました。唯一最後まで解消されなかったのが3センターの底のポジション。バラック、エッシェンが担うこともありましたが、2人とももう一列前で攻守に顔を出すことでよいパフォーマンスを見せてくれる選手であり、中盤の底を担うには足りない部分がありました。ミケルを据えることも多かくありましたが、こちらは前述の通りです。

【ビラスボアスによるディフェンスの崩壊】
アンチェロッティの後を引き継いだのがスパーズで結果を出したビラスボアスでした。彼はオフェンシブでコンパクトなポゼッションサッカーを好み、それがオフェンシブなチームを好むアブラモビッチの目に留まったのでしょう。再びチェルシーのディフェンスラインの崩壊が始まります。
決定的だったのは当時のトレンドであった高いディフェンスラインを設定したことです。チェルシーはテリーを代表するように決して足の速いCBがいるわけではありません。デフェンスラインを高く設定することによって中盤との2ラインが高い位置に設定することができ、必然的に高い位置でプレスをかけボールを奪うことができますが、ディフェンスラインとGKの間に大きなスペースが開くリスクがあります。足の速いCBであれば、そのスペースに飛び出した選手を捕まえることができますが、チェルシーの選手にはマッチしていない戦術だったといえます。結果として失点を繰り返し、1シーズンを持たずにディマッティオと交代されます。

【アンカーの不在】

ディマッティオになり、タイトルを獲得することはできましたが、依然としてディフェンスラインは良くなりません。加えてマケレレ以降から固定されていない中盤の底の選手も案の定固定できず、失点を重ねていきます。
12-13シーズンの途中には解任されベニテスが監督として就任。この頃には以前のカウンターサッカーは見る影も無くポゼッション重視のサッカーとなっていましたが、マタ以外の選手がカウンター時代の名残なのかポゼッションサッカーにうまく対応できず、失点は重ね、オフェンスではボールは回らず個人での打開もできないという最悪な状況を迎えていました。唯一良かったと思うのがCB
であるダビドルイスの中盤の底へのコンバートでした。彼の展開力やボール奪取力、フィジカル、そしてCBとしてたまにやらかしてしまう守備の軽さを考えても、すばらしいコンバートだったと思います。

【再びモウリーニョへ】
そして戻ってきたのがスペシャルワンであるモウリーニョ。獲得したアザール、ジエゴコスタ、セスクファブレガスの補強やイバノビッチの覚醒もあり、再びチームはプレミアリーグの王者へと戻りました。この頃は以前のような堅守速攻ではなく、この時代のトレンドを踏まえた運動量のあるカウンター、ポゼッション半々くらいのバランスの良いサッカーをしてくれました。
ですが、15-16シーズンではエースであるアザールやジエゴコスタ、セスク、マティッチ、イバノビッチ、ケーヒルなど主力の不調に加えて、シーズン開幕後すぐにチームドクターを勤めていたエヴァさんとも裁判沙汰を起こしチーム内部は崩壊。再び暫定監督としてヒディンクが復帰したが、今回はチームを再建できず、今期新監督であるコンテに託す形となった。

果たしてコンテはどのようなサッカーを披露してくれているのでしょうか。
次回、現在のチェルシーをまとめようと思います。

04以降のチェルシー

こんにちは
くじら社長です。
今日は04-05以降のモウリーニョ時代からのチェルシーの戦術を考察していきたいと思います。

【象徴となる4-3-3】

モウリーニョ一期の象徴ともいえる4-4-4、そのサッカーは堅守速攻が売りでした。
ディフェンスラインハあまり高くも無い位置に設定し、両SBは基本的に追い越したりする動きはしません。3センターには得点力のあるランパードや運動量のあるエッシェン、チアゴを置き、底にはボール奪取力の高いマケレレを据えました。
そして両ウイングには足が速く独力で突破できるジョーコール、ダフ、ロッベンを並べます。ボールを奪ったら1トップのドログバに当てて落とすかウイングに直接フィードをしてボールを前に運び、ドログバやグジョンセン、後ろからペナルティエリアに飛び出してきたランパードが得点するという在籍する選手の特徴を引き出し、一世を風靡した戦術でした。

【崩壊が訪れたアブラモビッチの介入】

そのサッカーの崩壊が訪れたのが06-07シーズンです。この年の夏、グジョンセン・ダフ・ギャラスなどの主力を放出し、オーナーであるアブラモビッチ主導の下、バラック・シェフチェンコ・アシュリーコールなどの超大型補強を行いました。アシュリーコールはすぐにフィットしましたが、バラックはランパードとプレーエリアが被る、シェフチェンコは大怪我の影響下ACミラン時代のキレがなく、活躍できませんでした。結果としてカップ戦のタイトルは取りましたが、プレミアリーグとチャンピオンズリーグの優勝を逃し、超大型補強をした期待にこたえられなかったことで批判を受けました。結果として07-08シーズンが始まったばかりの9月にモウリーニョが辞任をし、チームには大きな衝撃が走りました。

【グラントの就任】

モウリーニョの後はディレクターであったグラントが監督に昇格。あまり多くの戦術変更は行いませんでしたが、モウリーニョのカウンター主体のロングボールサッカーに徐々にショートパス主体でのポゼッションサッカーを取り入れていきました。結果としては無冠に終わりましたが、プレミアリーグでは最終節まで優勝を争い、チャンピオンズリーグでも決勝まで進むという結果を残しました。

【フェリポンによるオフェンシブサッカー】

08-09では無冠で終わったグラントを解任し、フェリペスコラーリを監督として招聘しました。この頃、オーナーであるアブラモビッチが以前のような堅守速攻のサッカーではなく、バルセロナのようなポゼッションの高いオフェンシブなサッカーを求めていたこともあり、フェリポンはオフェンスの再編に力を注ぎます。モウリーニョ時代にはまったく見られなかった両SBがウイングを追い越す形を取り入れ、中盤ではバルセロナに所属していたデコを獲得し、ショートパス主体のオフェンシブなサッカーへと移行しました。シーズン当初は良い成績を収めることができましたが、フェリポンはディフェンスに関しては多くの引き出しを持ち合わせていなかったため、徐々に堅守を誇っていたディフェンスにほころびが生じます。モウリーニョ時代では少人数のカウンターで得点していたため、ディフェンスラインには多くの選手を配置することができていましたが、フェリポンはSBにも頻繁に攻撃参加を求め、ポゼッションサッカーを進めていたため、必然的にディフェンスに配置される人数が減りました。それに加えてマケレレの放出、エッシェンの度重なる故障により中盤の底に適任の選手を配置できず、能力の劣るミケルやベレッチを配置せざるを得ない状況になりました。その結果、オフェンスの主軸を担うドログバも不調に陥り、チームも低迷し、解任されました。

【モチベーターヒディンクの就任】
フェリポンの後は暫定監督としてヒディンクが就任しました。ヒディンクはフェリポンの戦術から大きな変更は行いませんでしたが、ややモウリーニョよりにカウンター主体に戻したという印象です。フェリポン解任前後はクラブ内の雰囲気も最悪だったという報道も多く見られましたが、モチベーターとして定評のあるヒディンクの手腕によって選手達も次第にパフォーマンスを戻していきました。
結果としてもともと高いクオリティを持ち合わせている選手のため、チームも建て直し、次のアンチェロッティに託す形になりました。

次回はアンチェロッティ就任後のチェルシーをみていきます。
ここから時代は大きく変わっていきます。