09以降のチェルシー

こんにちは
くじら社長です。
今日は09-10以降のアンチェロッティ時代からのチェルシーの戦術を考察していきたいと思います。

【4-3-3を辞め、ダイヤモンド4-4-2へ】

ヒディンクからのバトンを受け、チェルシーの監督に就任したのはACミランで一時代を気づいたアンチェロッティでした。
就任直後、採用したフォーメーションはチェルシーの象徴でもあった4-3-3ではなく、ランパードを頂点に据えたダイヤモンド型の4-4-2でした。ですが、今まで4-3-3を採用していたチームでは、両ウイングの選手が行き場をなくしました。マルダは不慣れなダイヤモンドの左で起用され、サイドの開いたスペースのフォローに追われてしまいます。ランパードのトップ下に配置されたことで持ち味である後ろからのペナルティエリア内への飛び出しが減り、得点機会が激減します。一番の問題はフェリポン・ヒディンク時代から解決できなかった中盤の底の選手でした。ミケルが重用されましたが、ビッククラブのスタメンと呼ぶにふさわしい働きとはいえません。2トップのドログバアネルカが機能していたこともあり、好成績は収めていましたが徐々にパフォーマンスも落ちていきました。

【ドログバ不在によりフォーメーション変更、そして再び4-3-3に】

アフリカネーションズカップによりエースであるドログバが離脱、2トップであるアネルカのパートナーが不在になったこともあり、アンチェロッティは早めに決断を下します。ダイヤモンド型の4-4-2を諦め、ACミラン時代に一世を風靡したクリスマスツリー型の4-3-2-1へ変更しました。1トップでのポゼッションサッカーに手ごたえをつかみ、ついに4-3-3へと戻します。すると、中盤起用でいまいちだったマルダが別人のように輝き、ドログバアネルカマルダの3トップは得点を量産していきました。中盤でもランパーdとプレイエリアの被っていたバラックが王様プレーをやめ、汚れ役をすることで見事にランパードとの共存を果たし、全てがかみ合っていきました。
その後10-11シーズンに無冠に終わり解任となりますが、その間は最高のサッカーを見せてくれました。唯一最後まで解消されなかったのが3センターの底のポジション。バラック、エッシェンが担うこともありましたが、2人とももう一列前で攻守に顔を出すことでよいパフォーマンスを見せてくれる選手であり、中盤の底を担うには足りない部分がありました。ミケルを据えることも多かくありましたが、こちらは前述の通りです。

【ビラスボアスによるディフェンスの崩壊】
アンチェロッティの後を引き継いだのがスパーズで結果を出したビラスボアスでした。彼はオフェンシブでコンパクトなポゼッションサッカーを好み、それがオフェンシブなチームを好むアブラモビッチの目に留まったのでしょう。再びチェルシーのディフェンスラインの崩壊が始まります。
決定的だったのは当時のトレンドであった高いディフェンスラインを設定したことです。チェルシーはテリーを代表するように決して足の速いCBがいるわけではありません。デフェンスラインを高く設定することによって中盤との2ラインが高い位置に設定することができ、必然的に高い位置でプレスをかけボールを奪うことができますが、ディフェンスラインとGKの間に大きなスペースが開くリスクがあります。足の速いCBであれば、そのスペースに飛び出した選手を捕まえることができますが、チェルシーの選手にはマッチしていない戦術だったといえます。結果として失点を繰り返し、1シーズンを持たずにディマッティオと交代されます。

【アンカーの不在】

ディマッティオになり、タイトルを獲得することはできましたが、依然としてディフェンスラインは良くなりません。加えてマケレレ以降から固定されていない中盤の底の選手も案の定固定できず、失点を重ねていきます。
12-13シーズンの途中には解任されベニテスが監督として就任。この頃には以前のカウンターサッカーは見る影も無くポゼッション重視のサッカーとなっていましたが、マタ以外の選手がカウンター時代の名残なのかポゼッションサッカーにうまく対応できず、失点は重ね、オフェンスではボールは回らず個人での打開もできないという最悪な状況を迎えていました。唯一良かったと思うのがCB
であるダビドルイスの中盤の底へのコンバートでした。彼の展開力やボール奪取力、フィジカル、そしてCBとしてたまにやらかしてしまう守備の軽さを考えても、すばらしいコンバートだったと思います。

【再びモウリーニョへ】
そして戻ってきたのがスペシャルワンであるモウリーニョ。獲得したアザール、ジエゴコスタ、セスクファブレガスの補強やイバノビッチの覚醒もあり、再びチームはプレミアリーグの王者へと戻りました。この頃は以前のような堅守速攻ではなく、この時代のトレンドを踏まえた運動量のあるカウンター、ポゼッション半々くらいのバランスの良いサッカーをしてくれました。
ですが、15-16シーズンではエースであるアザールやジエゴコスタ、セスク、マティッチ、イバノビッチ、ケーヒルなど主力の不調に加えて、シーズン開幕後すぐにチームドクターを勤めていたエヴァさんとも裁判沙汰を起こしチーム内部は崩壊。再び暫定監督としてヒディンクが復帰したが、今回はチームを再建できず、今期新監督であるコンテに託す形となった。

果たしてコンテはどのようなサッカーを披露してくれているのでしょうか。
次回、現在のチェルシーをまとめようと思います。

04以降のチェルシー

こんにちは
くじら社長です。
今日は04-05以降のモウリーニョ時代からのチェルシーの戦術を考察していきたいと思います。

【象徴となる4-3-3】

モウリーニョ一期の象徴ともいえる4-4-4、そのサッカーは堅守速攻が売りでした。
ディフェンスラインハあまり高くも無い位置に設定し、両SBは基本的に追い越したりする動きはしません。3センターには得点力のあるランパードや運動量のあるエッシェン、チアゴを置き、底にはボール奪取力の高いマケレレを据えました。
そして両ウイングには足が速く独力で突破できるジョーコール、ダフ、ロッベンを並べます。ボールを奪ったら1トップのドログバに当てて落とすかウイングに直接フィードをしてボールを前に運び、ドログバやグジョンセン、後ろからペナルティエリアに飛び出してきたランパードが得点するという在籍する選手の特徴を引き出し、一世を風靡した戦術でした。

【崩壊が訪れたアブラモビッチの介入】

そのサッカーの崩壊が訪れたのが06-07シーズンです。この年の夏、グジョンセン・ダフ・ギャラスなどの主力を放出し、オーナーであるアブラモビッチ主導の下、バラック・シェフチェンコ・アシュリーコールなどの超大型補強を行いました。アシュリーコールはすぐにフィットしましたが、バラックはランパードとプレーエリアが被る、シェフチェンコは大怪我の影響下ACミラン時代のキレがなく、活躍できませんでした。結果としてカップ戦のタイトルは取りましたが、プレミアリーグとチャンピオンズリーグの優勝を逃し、超大型補強をした期待にこたえられなかったことで批判を受けました。結果として07-08シーズンが始まったばかりの9月にモウリーニョが辞任をし、チームには大きな衝撃が走りました。

【グラントの就任】

モウリーニョの後はディレクターであったグラントが監督に昇格。あまり多くの戦術変更は行いませんでしたが、モウリーニョのカウンター主体のロングボールサッカーに徐々にショートパス主体でのポゼッションサッカーを取り入れていきました。結果としては無冠に終わりましたが、プレミアリーグでは最終節まで優勝を争い、チャンピオンズリーグでも決勝まで進むという結果を残しました。

【フェリポンによるオフェンシブサッカー】

08-09では無冠で終わったグラントを解任し、フェリペスコラーリを監督として招聘しました。この頃、オーナーであるアブラモビッチが以前のような堅守速攻のサッカーではなく、バルセロナのようなポゼッションの高いオフェンシブなサッカーを求めていたこともあり、フェリポンはオフェンスの再編に力を注ぎます。モウリーニョ時代にはまったく見られなかった両SBがウイングを追い越す形を取り入れ、中盤ではバルセロナに所属していたデコを獲得し、ショートパス主体のオフェンシブなサッカーへと移行しました。シーズン当初は良い成績を収めることができましたが、フェリポンはディフェンスに関しては多くの引き出しを持ち合わせていなかったため、徐々に堅守を誇っていたディフェンスにほころびが生じます。モウリーニョ時代では少人数のカウンターで得点していたため、ディフェンスラインには多くの選手を配置することができていましたが、フェリポンはSBにも頻繁に攻撃参加を求め、ポゼッションサッカーを進めていたため、必然的にディフェンスに配置される人数が減りました。それに加えてマケレレの放出、エッシェンの度重なる故障により中盤の底に適任の選手を配置できず、能力の劣るミケルやベレッチを配置せざるを得ない状況になりました。その結果、オフェンスの主軸を担うドログバも不調に陥り、チームも低迷し、解任されました。

【モチベーターヒディンクの就任】
フェリポンの後は暫定監督としてヒディンクが就任しました。ヒディンクはフェリポンの戦術から大きな変更は行いませんでしたが、ややモウリーニョよりにカウンター主体に戻したという印象です。フェリポン解任前後はクラブ内の雰囲気も最悪だったという報道も多く見られましたが、モチベーターとして定評のあるヒディンクの手腕によって選手達も次第にパフォーマンスを戻していきました。
結果としてもともと高いクオリティを持ち合わせている選手のため、チームも建て直し、次のアンチェロッティに託す形になりました。

次回はアンチェロッティ就任後のチェルシーをみていきます。
ここから時代は大きく変わっていきます。